今日は朝から曇り空。
でも自宅を午後2時頃に出発すれば勤務には間に合うので、午前中には白川から紅葉谷経由で宇治川まで行き帰路は宇治橋通りを通るコースでウォーク。
午後は、仕事の一環で小一時間のウォーク。
合計で2万歩あまり、歩きました。

平日は私の都合のいい時に気ままに歩き、そして休日は長距離ウォークが結構多い。
ゆえに普段は、ウォークの同行者はほとんどありません。

でも、今日の午前のウォークではお若い同行者が4名。
私と同行者4名総勢5名でのウォークになったので、結構楽しかったです。
ただ、今回同行した方とは たまたまご一緒しただけなので、残念ながら今後一緒に歩くことはまずないと思います。

それにしても。
若者のエキスを吸って、益々元気になりましたがな。
って、私や若者のエキスを糧に生きる妖怪かっての!?

ま、それはいいとして。
久々にまた、仲間と共に歩きたくなりました。


本日のウオーキング歩数、20,578歩消費カロリー2,668kcal(うち活動消費カロリー1,127.3kcal)、燃焼脂肪量46.8g。



2017年2月6日(月)



府立山城総合運動公園・太陽が丘にほど近い場所にある、小さな神社。
同級生がこの近くに住んでいたので、小・中学生の頃にはよくこの前を通ったりしていたものです。
当時は昼でも暗いうっそうとした緑の中にあったので、ここがとっても怖く感じられたものです。



山椿の花。
太陽が丘の近くで、しかも等間隔に近い感じで何本も樹があるので、野生の木ではなく あるいは人工的に植えられたものなのかもしれません。



白川の里に到着。
この落ち着いた雰囲気が、私は大好き。



私より1歳年下のkちゃんの実家。
kちゃんは、私と同じ中学校の1学年下でした。
小柄でとっても可愛く色白だったkちゃんに、当時の私はほのかな想いを抱いていました。
kちゃんは、今頃どこでどうしているんだろう・・・・・。(遠い目)
「20歳の原点」の高野悦子さんと同じく、kちゃんも、私の中で時計は止まったまま。
二人とも、私にとっては永遠の乙女なのです。



白川地区メインの道を右折し、金色院の鎮守社であった白山神社への道を取ります。



金色院跡へ。
七堂十六坊があったとされる当時の雰囲気は、当然ながら微塵も残ってはいません。



藤原寛子の供養塔へ。
藤原頼通が、父である道長の別荘であった宇治殿を寺と改め、平等院が建立されたことはよく知られています。
でも、、その娘四条宮寛子が1102年にこの地に金色院を建立したことは、あまり知られていません。



この辺りのハイキングコースは、東海自然歩道の一部となっています。



白山神社に到着。



狛犬。
阿形(あぎょう)。



狛犬。
吽形(うんぎょう)。



急階段を上り終え、重文の拝殿へ。



境内に鎮座する砲弾。
45口径25糎被帽徹甲弾です。
「本町白川白山宮境内に備付け明治、大正累次の外征戦士の忠勇義烈を感銘せしむると同時に在郷軍人地方青年団小学校生徒の士気を鼓舞し一般町民をして国防の本義を体得せしめ至誠奉公の精神を涵養せしむる義に有之候」と、大正15年に陸軍省から舞鶴要港部司令官に宇治町長に対して下附するよう訓令が出されて、ここにやって来た砲弾。
政治に宗教が利用されていた当時を彷彿とさせます。




白山神社境内から、紅葉谷へ。
雨がちの日が続いているので足場は悪いものの、同行の方4名は極めて元気。
「わたし まけましたわ」(「」の中を左から読んだら、次は右から読んでみてください。)
4名のうち2名は美形のうら若きお嬢さんなのですが、さっそうと山道を歩く姿は実に素敵で爽やか。



山道の途中に、こんなものが。
しかし近くに人影はありません。
昼食時近いので、作業員の方は食事にでも行かれたんでしょうか。



紅葉谷ウォークが終わりました。
完全に落葉した、推定樹齢200年の「いろはかえで」がありました。



宇治川畔へ。
左岸を歩いていると、多くのカモを見かけました。
お、おいしそう・・・・。(オイオイ)
って言うか、そろそろ昼食時ですね。
さて帰路に。



宇治橋通り近くのマンション前にある、宇治市街遺跡の説明。



昔からずっと大切にされてきた石地蔵様。
今でも こうして新しいお花がお供えしてあるのが、嬉しい限り。



昭和初期には珍しかった、鉄筋コンクリート製2階建ての建物。
貴重な建物が90年の年月を経ても、こうして現役の建物として活躍しています。



宇治橋通りには、こうして古いものが展示してある場所が。
写真左下に写っている謄写版は、私が就職した頃には現役のものでした。
そう言えばその頃には今のような電子計算機というか卓上計算機は一般の事務現場には存在せず、桁数の大きい計算をする部署では手回し計算機が使われていたのを思い出しました。
手回し計算機のハンドルを回していてチンと音が鳴れば、計算終了と言うか計算できたようです。
当時の私は仕事で計算する時には算盤を使っていたので、手回し計算機は使ったことがありません。
手回し計算機は隣の課で使われていましたが、計算機を横目で見ながら「いいなあ・・・・。一度使ってみたいな」と、よく思っていたものです。
ただ私にも自尊心と言うか意地があったので、「使わせく欲しい。」とは結局言えなかったです。
だからなのか、そんな手回し計算機を使っていた人物の顔は今でも鮮明に覚えています。





楽しい一日でした。
特に、若い方と共に歩いて。
若いって本当に素晴らしいなって思いました。

でも、かく言う私も実は若いのです。
いや、若いって言うか老いてはいません。
え、「なぜだ?」ですって。

だ、だって・・・・・。
「老いるとは理想を失うことである。」ですよね。(海住山寺の黒板に書いてあったその言葉に大いなる感銘を受け、そして強く共感した私です。)
そして私は、今でも理想を決して失ってはいません。

加えて。
私のモットーは「心はいつも一年生」。

だからなのです。(^^;





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