先週末の11月26日に妻と共に紅葉狩りに行きました。
その時に行く予定だった東山に時間の関係で行けなかったので、今日は2016紅葉ウォークの最後を飾るウォークとして東山方面に行きました。
コースは以下。

東福寺~(羅刹谷跡経由)泉涌寺~今熊野観音~剣神社~清水寺~円山公園~知恩院~南禅寺~永観堂~若王子神社。


本日のウオーキング歩数、39,525歩消費カロリー3,254kcal(うち活動消費カロリー1,614.2kcal)、燃焼脂肪量90.5g。

2016年11月30日(




紅葉の盛りが終わったからだと思われますが、東福寺は人が少なめ。
紅葉と通天橋を眺めることができる臥雲橋の上には、警備員が一人いるだけ。
写真を撮ろうとすると、「橋の上では立ち止まったり写真を撮ったりしないでください。」と警備員から声をかけられました。
「一人だけなのに」とも思いましたが、警備員も仕事の指示を忠実に実行しているだけ。
仕方なしに、臥雲橋を渡ってから撮影。
紅葉はほぼ終わっているため、何の感動もありません。



偃月橋(えんげつきょう)へ。



偃月橋から観ても、当然ながら紅葉はもう終わってしまっていますので、イマイチ。
でも、僧堂の紅葉はきっとまだ残っているはず。



東司へ。
東福寺の東司は日本最古かつ最大の東司。
東司とは、今でいうトイレです。



ずらりと並んだ穴が壮観。
百雪隠とも呼ばれる建物は30m×10m高さも10mあり、国の重文に指定されています。
そうそう。
余談になりますが、ここで排泄されたものは京野菜の貴重な肥料となっていました。
寺にとっても貴重な現金収入になる、大切なものでした。
宇治でもそんなに昔でない時代まで、排せつ物が宇治茶の肥料として売買されていました。
大枚を払って処理してもらわならない今と違って、昔は買ってもらえたなんてねぇ・・・・・。



東司を後にして、東福寺僧堂進入路前へ。
内部には立ち入れないので、この辺りで紅葉を観ることにします。



人肉を喰らう鬼女「羅刹(らせつ)」が棲んでいたと思われる辺り。
今では公立高校が建っているこの道路辺りに、昔は川が流れていたとも推測できます。
羅刹が棲んでいた谷は羅刹谷(らせつこく)と呼ばれていました。
これから訪問する御壺瀧大神を羅刹谷と間違って紹介しているHPが多くありますが、古文書によると羅刹谷は東福寺の北側背後なのに対し御壺瀧大神は南側になるので違うことになります。
また、御壺瀧大神が存在する谷は古くより毘沙門谷と名前がついていますので、やはり別であるとしか考えられません。



五社の滝前を通過。
時間の関係もあるので、今日は寄りません。



御壺瀧大神に到着。
境内へ。



御壺瀧大神境内の祠。
祠が洞穴状ゆえ、多くのサイトがここを羅刹の棲み処だった洞窟だと結論付けていると考えられます。



内部。
シーンに合わせて最適に写るよう完全フルオートで、新しいデジカメを使っています。
そうすると、なぜかフラッシュが作動しないのです。
だから内部は暗いまま。
新しく手に入れたデジカメの使い方をもう少し勉強しなくては。(;'∀')



境内。



御壺瀧大神の敷地の一部にある民家のような建物の扉に貼られた紙。
御壺瀧大神境内は道路より1.5mほど低くなっていますが、建物は道路と同じ高さ。
人の気配はないものの、自転車がずっとずっと前から駐めたままになっています。
戸に貼ってある紙も、かなり以前から。
紙には「熱がある為 お参りの方様に おかまい出来ません 申し訳ありません」と達筆で書かれています。
これを書いた方が今どうしておられるのか、いささか気がかり。



ここからが、今日のウォークのメイン。
清水寺まではノルディックウォークになります。
境内でノルディックウォークのポールを準備。



ノルディックウォーク開始。
京都一周トレイル東山コースに入り、泉涌寺前通過。



今熊野観音(新那智山)に到着。



今熊野観音には、東福寺よりはるかに多くの紅葉が残っていました。



綺麗なカエデの紅葉がいい状態でたくさん落ちていましたので、そのうちの1枚を手帳に挟んで持って帰り妻へのお土産にすることにします。






境内の医聖堂。
このお堂は、医と宗教がともに手をたずさえ人類が等しく心身ともに明るく健康に暮らせるような社会が築かれますようにとの願いを込めて建てられたそうです。



境内をあとに。
再び、京都一周トレイルコースを歩くことになります。
次の目的地は剣神社です。



ほとんどアップダウンのない山道を10分ほど歩くと車道に出て、すぐに剣神社に到着。
剣神社に行くには、ほんの10mほど京都一周トレイルコースから外れます。



剣神社境内の撫石。
膝の痛みの治癒を念じます。



剣神社をあとに。
分かりにくい道を10分あまり歩くと、本日のメインウォークの入り口付近が見えてきました。
前方の電柱の向こう側に、山道に入る階段があります。



真冬でも、速歩だと大汗をかくほどの起伏がある山道へ。
でも、膝が痛むのでゆっくりと歩むことに・・・。



30分あまり歩くと車道へ。
更に数分で国道1号線に至ります。
この石碑には京都大仏がかつて存在したことが刻まれているのですが、1号線を通るドライバーは100%確実に、そのことを知りません。
ここから国道1号線沿いの歩道を少しだけ西進。
ちなみに。
山道に入ってからここに至るまで、歩行者にはだれ一人出会っていません。



1号線と京都府道116号線(渋谷街道)が交わっているところで渋谷街道に入り、渋谷街道をほんの数m歩いて道路を渡り1号線下を通る地下道へ。
渋谷街道は、「しぶやかいどう」ではなく「しぶたにかいどう」と読みます。
「渋谷」と書いて、関東では「しぶや」、関西では「しぶたに」と読むことが多いとどこかで聞いたことがあります。
明るい昼間でも、人っ子一人通らない暗いトンネルは気味が悪いもの。
しかもこの辺りは、結構いろいろと噂される場所なのです。



先ほどとは反対側の国道1号線の歩道を東進し、葬儀屋さんの横の階段へ。
極端に急な階段で、しかもコンクリートが浮いていたり、あるいは前方の階段のように大きく右に沈んでいたり。
大地震が襲来した時にこの階段を歩いていることはまずないと思いますが、とにかく危険な階段です。



清水寺に到着。



まずは、子安の塔へ。
改築されてまだ日が浅いので、きれいです。



清水の舞台を望む。



別角度から。



清水寺は、現在大改修中。
と言うのは。
清水寺は1629年9月10日の大火災でほとんど焼けてしまったものの、徳川家光の寄進によって数年で再建され、現在に至っています。
でも、400年近くの間 修理を重ねながら保存されてきた建物も、かなり老朽化が進行。
そのため8年前から、400億円の費用と11年間の日時をかけた大改修工事が、2ヶ所ずつセットで継続的に行われています。
現在は阿弥陀堂と奥の院の工事が行われており、それが終了すれば次は轟門と釈迦堂。
そして最後に、清水寺本堂の工事となります。



本堂の工事は、かなり長期間を要する工事となることでしょう。
そうなると、清水寺の美しい全景をしばらく観ることはできなくなってしまいます。






音羽の滝を目指します、



音羽の滝。



修理を繰り返してきたとはいえ、400年前の建築とはとても思えない保存状態。



地主(じしゅ)神社。
時間の関係もあり、今日はスルーします。



階段を下ります。
膝が痛いので、手すりをしっかりと持って、一段下りては両足を揃えるという歩き方で下ります。



美しい紅葉を眺めながら、出口に向かいます。



清水寺境内で聴こえてきた言葉の90%ほどが中国語。
老若男女、あるいは着物姿の若い女性も。
以前はもっと日本人が多かったんですが・・・・。



忠僕茶屋。
舌切茶屋と共に、境内での営業が認められている店です。
忠僕茶屋は、幼少時から月照に仕え、九州にも同行した大槻重助の子孫が営んでします。
また、月照の入水後に投獄された大槻は釈放されてから境内の茶店を買い取り、月照・信海の墓守を続けていたため、西郷隆盛の援助もあって茶屋営業の権利が保証されました。
両茶屋とも現在にいたるまで、そうした歴史事実を踏まえ営業が認められているのです。



清水寺を後にして北上。
やはり聞こえてくる言葉は、ほとんどが中国語。
庭園の美しい店でしばし休憩。
庭園とトイレはフリーで利用させていただけます。



どんどん北上し、銅閣寺近くへ。
洛匠(らくしょう)の美しい庭園。



円山野外音楽堂前を通過。
本日ここにぃ~
結集されたぁ~
全てのぉ~
闘うぅ~
労働者 学生 高校生 そして市民の皆さんにぃ~
我々はぁ~
心からのぉ~ 
連帯を~
なんてアジ演説に聴きいっていたのは、もうかれこれ40年以上も前のことになります。
時の経つのは早いもの。
「二十歳の原点」の高野悦子さんも、この椅子のどこかに座って演説に耳を傾けていた日がかつてあったんだと思うと、何とも言えない思いが脳裏をよぎります。



円山公園に到着。



円山公園内にある坂本龍馬と中岡慎太郎の像。



円山公園内には、赤穂藩医・寺井玄渓ゆかりの「夢」の碑があります。
内蔵助達の切腹を知り、「人生ははかない夢のようだ」と感じ、近くの岩に「夢」の字を彫ったと言われています。
私はてっきりこの岩が寺井玄渓が文字を掘ったものだと思っていたのですが、7年程前にそうではないということを知りました。
当時私は城陽市内に勤めていましたが、毎年夏休みになると勤務の一環で中型バスの添乗をしていました。
そのバスの運転士さんにこの岩の話をすると、「それ知ってますわ。円山公園内の夢と刻まれた岩でっしゃろ。私の知り合いの石工が掘ったと言ってましたわ。」との思いがけない返答が。
最初は信じられず、翌日もまた確認の意味で同じことを尋ねると、やはりそうだとか。
嘘を言うような運転士さんではないので、おそらくそうだと思います。



「夢」と掘られた岩の説明・・・・。
じゃなくって、寺井玄渓がどこかの岩に「夢」という文字を掘ったという説明です。
横に「夢」と掘られた岩があれば、誰でも「これが、説明してある岩だな。」と思ってしまいますよね。
でもそうではないのです。
「夢」と掘られた岩が実際にあるのか、あるとすればどこなのか?
一切は不明なのです。



知恩院前を通過。



道路のど真ん中に瓜生石が。
知恩院の黒門への上り口前にあります。
「この石には、誰も植えたおぼえがないのに瓜のつるが伸び、花が咲いて瓜があおあおと実ったという説と、八坂神社の牛頭天王が瓜生山に降臨し、後再びこの石に来現し一夜のうちに瓜が生え実ったという説が伝えられています。また石を掘ると、二条城までつづく抜け道がある、隕石が落ちた場所である等、さまざまな話が言い伝えられている不思議な石です。」(知恩院のHPより)
子どもの頃に「昔落ちてきた隕石だ。」と聞かされた人もいる、不思議な石です。



良正院の門前に建つ「戦友」の歌碑。
作詞者の真下飛泉氏をしのび、晩年暮らした場所に近い知恩院塔頭の良正院の門前に建ちます。
苦労を共にした戦友が戦死した悲しさをうたう歌詞が刻まれた碑は、敗戦までは「厭戦歌だ。」と軍部から疎まれ、敗戦後は占領軍に「軍国調だから壊すように!」と命じられるなど苦難の道を歩みました。
それでも歴代住職の保護のおかげで、今日までこうしてその姿をとどめているのです。



平安神宮の大鳥居が見えてきました。
この近くのコンビニで昼食を摂っていると、宇治市内の某特定郵便局の元局長さんが声をかけてきました。
知人なのですが、近くで開催されている美術展を観てきたとか。
私に触発されて自転車を買って、結構遠くを含めて熱心に走っているとか。
「期待しているけど、godzillaさんに全く遭わないので残念です。」とも。



元局長さんとしばし歓談した後、昼食を終了し再出発。
南禅寺を通過。
紅葉はきれいですが、やはり終盤。



奥の方に行ってもこれ以上の紅葉はないので、道路から紅葉を眺めるだけにして先を急ぎます。



永観堂に到着。
幼稚園近くにある池。



今日は妻と行動を共にしていないので、有料ゾーンには入りません。
外側から永観堂の紅葉を眺めます。



素晴らしい永観堂の紅葉。
永観堂の紅葉は「京都で一番」と私は感じます。
ただし、拝観料も1,000円とかなり高め。
そのことに関して、最近私は知人からある情報を得ました。
それは、「カエデは夏の間にしっかりと水をやると、その結果として秋に素晴らしい紅葉の色がつく。永観堂は、夏の間ずっとカエデの木への水やりを続けています。水も人手もかけて世話しているので、秋になるとこれほど素晴らしい紅葉になるのです。だから、拝観料は高いかもしれませんが、それは夏の間の水代なり人件費だと考えて、どうごご容赦ください。」というもの。
知人が乗ったタクシーの運転手さんが話していた言葉だそうです。
とても納得できる話でした。


















幼稚園らしい可愛い像がありました。



永観堂幼稚園の門の前にも素晴らしい紅葉が。



哲学の道にも足を延ばしましたが、紅葉はほぼ皆無。
若王子神社によって帰路につくことに。
若王子神社へ。






全ての行動を終え、帰路に。
京阪電車の駅を目指す途中で通りかかった夷川疎水発電所の、放流路からの水。



琵琶湖の浜大津から流れてきて発電を終えた水。
これから伏見まで流れて行って、そして墨染水力発電所で再度発電の役を担うことになります。



疎水に沿って延びる歩道には、綺麗な紅葉の絨毯が。
黄色くても紅葉?!
そう、これでいいのだ。(天才バカボンのパパ風に)



三条京阪駅まで歩き、京阪電車の特急に乗車。
「エレガントサルーン」と書かれている車両は、きれいで乗り心地good。



丹波橋を過ぎてから寝てしまい、中書島で大慌て。
それでも何とか宇治まで帰ってきました。
残照が西の空を優しく染めています。




4万歩弱しか歩いていないの、かなり疲れました。
「おかしいな?」と思っていたら、翌日から高熱が出てインフルエンザを発症。
潜伏期間を考えると、おそらくウォーク時にはインフルエンザに感染していた可能性が濃厚。

それでも何でも!
今年も京都の紅葉は素晴らしかったです。

京都市街地では最も遅く12月中旬まで楽しめるのが、下鴨神社の紅葉。
でももう、今年の紅葉狩りはこれにて終了とします。
今年も京都の紅葉は素晴らしかった!



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