東京滞在最終日。
今日は横浜を楽しんでから帰路につきます。


2015年10月27日(火)



横浜に到着。
まずは、帆船日本丸メモリアルパークへ。



何やら古そうな機械装置がありました。
いったい何だろう・・・・。



説明書き。
エアコンプレッサーのようです。
横浜の造船の歴史を語るうえで欠かせない、そんな貴重な装置が今なお残っていたんですね。



帆船日本丸の端麗な姿。
いざ乗りこまん!



日本丸へ近づきます。
早く乗りたいので、どうしても足が速くなってしまいます。



日本丸に乗船。



ブリッジへ。
日本丸は帆船ですが、微妙な操船が必要な時などは装備されている機械動力を使います。
その時には、ここブリッジで操船することになります。



ブリッジには伝声管が。
ヨーソロー!



ブリッジをあとにして甲板へ。



天気がいいので、最高の日本丸めぐりになりました。



日本丸の帆柱。



再び船内へ。
これは揚錨機です。
昔は、乗組員が総出で行わななければならなかった錨綱の巻き上げですが、現在はこのように機械化されています。
上部に見える白い物は、ブリッジにあった物と同じで伝声管です。
宮崎アニメ「天空の城ラピュタ」でも見たような気がします。



揚錨機の説明。



薄暗い船寧を巡ります。
帆船にかかわらず、「板子一枚下は地獄」の船にとって火災は最悪の出来事のひとつ。
「火の用心」は、何があっても守らなくてはならない絶対的に必要なこと。



致し方ないことですが、通路はかなり狭いです。



医務部。
私達が住む街で言うと病・医院、学校で言うと保健室のような場所なんでしょうね。
診察時間外でも急病なら対応してもらえるんでしょうが、「診察時間を忘れて遅れた。」なんてことなどでは対応してもらえないような気がします。



日本丸の活動の記録。



この部屋は、炊事室?調理室?給食室?
名前は分かりませんが、乗組員の食事を作る部屋です。



学校の給食室のような大きな鍋などが備えられています。



士官サロン天井にあるステンドグラス。
北斗七星・オーロラと北極星・南十字星・さそり座が描かれています。



再び甲板へ。
順路通りに進んだので、間もなく下船。



後部甲板上の舵輪。




1930年に完成した日本丸は、敗戦後には海外からの引揚者を母国日本に無事に帰らせてくれるという重要な役割を果たしました。
ありがとう、日本丸!



日本丸を後にする前に、もう一度日本丸を目に焼き付けます。
甲板は、スリップ事故を減らすためにあえて木製で作られました。



下船。



凛とした日本丸の勇姿。
godzillaは、帆船日本丸が大好きです。



横浜港をあとにして、横浜中華街へ。
そろそろ昼食時間ですものね。



以下、中華街の風景をどうぞ。


















昼食場所に到着。
ここで、名物のシュウマイとチャーハンを食します。




横浜中華街を散策しながら、バス停方面へ。
そろそろ帰宅を開始しなくてはならない時刻なってしまいました。



素晴らしかった、妻と共に見た私たちの孫の運動会での頑張り。
いや!頑張らなくてもいい。
孫たちの姿そのものが、極めて貴重で最高だから。

そして、孫の運動会参観と共に楽しめた東京や横浜観光もとってもよかったです。

私たち夫婦は結婚してすぐに年子3人の子宝に恵まれ、その年子3人が成人する頃前後から私の母親の介護が必要に。
だから私たち夫婦は、世間でいう「夫婦二人の旅行」にはほとんど行くことができませんでした。

状況は変化し、今では夫婦そろっての旅行が可能に。
でもお互いの休暇取得可能な曜日の違いや、あるいは取得できる休暇の日数に大きな違いが。
そうした状況を克服して実現できた、今回の旅行。
本当によかったです。

私は「生涯現役」を旗印に、動けなくなるまで働くつもり。
その延長で、自転車ランやウォークなども床に臥せる前日までできればいいなと考えています。

それと。
生涯の伴侶として選んだ妻との時間も、しっかりと刻んでいかなければ。
というか、それが私のこれからの人生の最大の目標。

いやいや
いろんなことを考えるきっかけになった、今回の関東旅行でした。



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