8月も間もなく終わり。
そんな8月末のこの日、妻と共に敦賀へ行きました。
「自転車ランやウォークで見つけた素敵な場所を妻と共に再訪する」という行動の一環で、とてもいい一日になりました。


本日のウオーキング歩数、9,486歩、消費カロリー542kcal、燃焼脂肪量11.6g。


2015年8月23日(日)



京都駅から敦賀行きの新快速に乗りました。
湖西線経由でないと、敦賀行きの直通は確かなかったはず。
車内はほぼ満席で京都駅を出発しましたが、北上するにつれて乗客の数は減っていきます。



京都駅からおよそ1時間半で敦賀駅に到着。
京都駅から新快速を利用すると、敦賀までは意外と近いのです。



まずは腹ごしらえ。
駅前のカレー店に入ります。
注文した品が来るまでの時間を利用して、駅レンタカーの情報を仕入れました。
レンタサイクル利用も考えたんですが、妻が膝を痛めているので無理をせずにレンタカーで行動する予定です。
敦賀駅前は、前回私が来た時と比べるとかなり風景が変わっていますし、しかも何かの工事中。
どうやら、駅前再開発工事が行われている模様です。



昼食を終え、駅まで戻って観光案内所で周辺の絵地図をゲット。
敦賀駅周辺の案内を観光案内所の方からしていただき、駅近くのレンタカー会社でレンタカーを借用。
まずは、気比(けひ)神宮へ。



「北陸道の総鎮守」とされる気比神宮の大鳥居。
重文に指定されている大鳥居は、康永2年の暴風で倒壊したものを、正保2年に再建したと伝えられています。
ちなみに、再建された時の木材は佐渡から流れてきた大木を用いた伝わります。
「日本三大鳥居」のひとつです。



神輿。



境内に湧く「長命水」。
気比神宮造営中の702年に突然湧き出したと言われています。



気比神宮をあとにして海辺に来ました。
「人道の港 敦賀ムゼウム」へ入ります。
ここでは、かつての戦争期に、ナチスドイツに迫害されたユダヤ人達が敦賀に逃れてきた歴史を知ることができます。
展示物や映画を観てナチスドイツに強い怒りを覚えると同時に、シオニスト達がパレスチナ人に加えている非人道的暴力行為にも思いが及びます。
ナチスドイツに迫害された歴史を持つ彼らが、なぜ今パレスチナの人達に対し、かつて自分たちが受けた迫害と同じよな行為を犯すのか。
大いに疑問を感じました。



「人道の港 敦賀ムゼウム」をあとにして、敦賀港に停泊する巡視船近くへ。
停泊していた巡視船は「ほたか」でした。
この「ほたか」は高速特殊警備船で、全長約50m、総トン数は約220トンです。
かつての能登半島沖不審船事件で、高速で航行する不審船を巡視船が追尾しきれなかったことから建造されました。
細長い船体が特徴で、強いV型の船体にすることによって高速航行が可能になりました。



荒れた海上でも正確な射撃を可能とするRSF(目標追尾型遠隔操縦機能)付き20mm多銃身機関砲。



順光で「ほたか」を見ます。
船体は、軽合金とハイテン鋼を組み合わせた構造となっています。



工作船からの攻撃で被害を受けることも想定されるため、操舵室に防弾ガラスと装甲板を設置する配慮がなされています。
ただ、船型が小型で大口径機関砲を搭載していないことから、実際には工作船搭載武装の射程外からの威嚇射撃や正当防衛射撃は難しいとされます。
高速&防弾性能を活かし、大型巡視船と船隊を組んでの行動が不審船対策の方策となるようです。



「ほたか」のブリッジ。
後方の暗い緑がある場所は、金ヶ崎城跡があるゾーン。
金ヶ崎城跡には、7年前に行ったことがあります。
その時のレポ「敦賀へ」は以下のアドレス。
http://godzilla2.web.fc2.com/090418.html



「きらめきみなと館」近くに停泊する巡視船「えちぜん」。
この「えちぜん」は350トン巡視船で、全長約56m、総トン数は約335トンです。



旧敦賀港駅舎(敦賀鉄道資料館)へ。
1999年の「つるがきらめみなと博21」開催時に復元されたものです
敦賀の鉄道に関する歴史の紹介や、鉄道資料・列車模型などが展示されています。



内部で写真を1枚撮りましたが、その後「撮影禁止」と分かったので、これ以降は写真を撮っていません。



敦賀鉄道資料館をあとにして、赤レンガ倉庫へ。






気比の松原へ。
前回来た時は自転車でしたが、京都はレンタカー。
普段は駐車料金は不要なのですが、海水浴シーズンの今は駐車料金は必要。
わざわざ駐車料金を支払って行く場所でもないので、ここでUターン。



みなとつるが山車(やま)会館へ寄った後、敦賀市立博物館へ。
山車会館内は撮影禁止なので1枚も写真を撮れませんでしたが、博物館内はどうなんでしょうか・・・?



敦賀市立博物館の建物内部。
博物館の建物は、大和田銀行の本店だった建物で、1927年(昭和2年)に竣工した建物です。



重厚な内部ですが、フラッシュさえ使わなかったら撮影フリーなのが嬉しい限り。



宇治神社を通過して、宇治上神社を目指します。






地下へ行くのにエレベーターを使おうとすると・・・。
「レトロな建物なので、エレベーターは速くは動きません。ゆったりのんびりお待ちください。」との表示が。
遅いのは当たり前。
だって このエレベーターは、北陸で初めて設置されたエレベーターなのですもの。



地下空間。
受付で「地下は かび臭いのでご注意ください。」とアドバイスされたんですが、注意のやりようがないので早々に地下から退散。



館内を回りながら3階へ。



3階は復元された空間なので、ここではフラッシュの使用が可能。






立石岬灯台で、かつて使われていた第4等フレネルレンズ。
1960年に、LB-30型灯器(レンズ径30cm回転式)に変更されたことに伴い、撤去されたこのレンズは博物館へ寄贈されました。



大和田銀行を創立した大和田荘七は、俳優の大和田獏や大和田伸也の先祖に当たります。



みなとつるが山車会館と敦賀博物館をあとにします。



少し走って日本海さかな街へ到着。
もう夕刻です。
間もなくこの旅も終わるのかと思うと、短い時間の旅でしたが寂しさを感じます・・・・。



日本海側では最大級」とされる海鮮市場へ入ります。



様々なおいしそうなものがある館内。
夕食をここで摂ろうと考えていたんですが、価格がやや高めなのと、「どこでも食べられるものが多い」と判断し、ここでの食事は中止。
館内散策に切り替えます。



さすがに「日本海側最大級」。
かなり広い館内で、見るだけで楽しい雰囲気が漂います。



間もなく閉店の時間のはずですが、まだまだ人は多め。
日持ちしないものは「投げ売り」が行われていました。





急に思いついて出かけた敦賀。
妻と共に楽しんだ敦賀は素敵でした。

敦賀には5年前にも妻と共に行こうと思ったんですが、その時には京都駅からサンダーバードに乗ると何と!
敦賀にサンダーバードは停車しなかったのです。

だから5年ぶりの念願実現となりました。

※ 前回の敦賀行き挑戦(金沢行き)のレポ



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