所用で神戸まで行きました。
まずまずの天気で、そして用事が午後3時過ぎには終わったので、ポートライナー「市民広場」駅近くからメリケンパークまで歩き、更にそこから三ノ宮駅まで歩きました。

途中で道を尋ねた神戸学園大学の守衛さんは、「メリケンパークまでここから歩いていくのは無理です。」と言っていましたが、さほどの時間がかからずにメリケンパークまで行くことができました。


本日のウオーキング歩数、約15,000歩。(万歩計が行方不明中で正確な歩数は不明)


2014年3月8日(土)




JRの昼トクきっぷを金券ショップで購入し、三ノ宮へ。
三ノ宮から、ポートライナーの先頭車両に乗り込みます。
ポートライナーは運転士が乗っていない交通システム。



何だかジェットコースターのような乗り心地です。



市民広場駅での用事が終わったので、西進して海近くへ。
神戸学園大学の守衛さんを見かけたので、西を指さしながら「こっちへ行ったらメリケンパークへ行けますか?」と尋ねると、「いえ、行けません。海の上になりますから。」と教えてもらいました。
続けて、「ポートライナーで三ノ宮まで行き、三ノ宮メリケンパークへ行くのが一番いいですよ。」とも。
「歩いては行けないんですか?」と尋ねると、「海を渡る道路の歩道を歩くことは可能ですが、遠いので無理ですよ。」との答えが。
礼を言って、歩き始めました。
当然ながら、海を渡る道路の歩道を歩くつもりです。
途中にこんなものがありました。
前方に見えている高架道路の歩道を歩くことになります。



高架に上がる近くにこんな像がありました。
この辺りは、ポートアイランド北公園という場所のようです。



、ポートアイランド北公園にはこんな建物もありました。



建物を違う角度から眺めます。
何だかとっても素敵な建物です。



公園近くには、放水銃を装備した船が何隻も停泊していました。



船に乗っている人がいたので、「これは消防船ですか?」と尋ねると、タグボートであることを教えてもらいました。
タグボートには放水銃が装備してあるものもあるそうです。



小型船舶ながら、タグボートはかなり精悍な顔つき。






橋を下から眺めます。
遠くから見たらそんなに大きく感じなかったんですが、近くで見るとすごい迫力。



タグボートの「連合艦隊」を発見。



離れた場所に、ヘリ搭載型巡視船「せっつ」の姿が。
ズーム!



神戸水上署。



橋の上に上がりました。
目指すはメリケンパークです。



橋をどんどん進み海を渡り切った辺りに、中国から荷物を載せてやって来たと思われるコンテナ発見。
今や日本でも、中国製品なしでは経済や生活が成り立たないという実態もあるかと。
でも私は今の中国の実態を知れば知るほど、食品は絶対に中国産は食べないでおこうとの思いを強くしています。
例え価格が国産の10分の1でも(ニンニクなどはそれほどの価格差ありですよね。)、中国産の食品は買おうと思わないし買いません。



海を完全に渡り切り、陸地へ。
市民広場駅から思いのほか近かったのに驚きます。
旧居留地辺りをゆっくりと歩きます。



昨年末に神戸に来た時に、帆船日本丸が停泊していた場所へ。
今日は、練習船「青雲丸」が停泊していました。



財務省 神戸税関監視艇「しらさぎ」。



海上保安庁の測量船「うずしお」。



巨大魚のモニュメント「フィッシュダンス」。
高さが何と21メートルもあります。
神戸港開港120年を記念して、世界的建築家フランク・ゲーリーが設計を手掛け1987年に完成したものです。



神戸港震災メモリアルパークへ。



メモリアルパークでは、震災の破壊力をまざまざと感じる風景が当時のままの姿で保存されています。






消防型巡視艇が停泊。



新港の第一突堤に停泊中の青雲丸を、対岸のメリケン波止場から眺めます。



メリケンパークを散策。
こんなものがありました。



説明板。
ヨーロッパ航路に就航していたコンテナ船の高圧タービンだそうです。



大きな錨が展示されています。



説明。
有銲錨と言い、重さの割に保持力が大きいんだそうです。
というか、私の中では錨と言えばこの形を連想します。
この形の錨は、もう時代遅れなんですね。



「揚力式複合支持船」の疾風。
揚力式複合支持船は、飛行機の速さと船の大量輸送能力の双方をいいところ取りをしたような効果を狙った船。
実際にその能力は高く、超高速で海を進むことができた。
でも残念ながら、燃料費をはじめとする運用費が航空機並みになることが分かり、一時実用化されたものの残念ならが運用コストが掛かることもあって、せっかく実用化されたものの全て廃船となってしまいます。



超電導電磁推進船「ヤマト1」。
全長が30メートルもあります。


超電導電磁推進船は元々、兵器にすることを念頭に各国で基礎研究が続けられてきました。
しかし、アメリカを中心とした外国は、基礎研究を続ける中で「河川の流入などで海水の塩分濃度が変化するため、十分な速度が出ない。」と結論づけ。



「ヤマト1」の操舵室。
流線型の船体には似つかわしくない、丸型時計が架かっているのが見えています。



「ヤマト1」が実際に海を進んだ際の写真。
アメリカを中心とした外国が「十分な速度が出ない。」と結論づけた後も日本の三菱は研究を続け、世界でただ1台となるこの実用船「ヤマト1」を製造・完成させますが、計画では時速200km出るはずの船が実際には20km以下しか出ませんでした。



この超電導電磁推進船「ヤマト1」の航行実験の結果を見て、アメリカなどは超電導電磁推進装置の研究を完全に放棄しました。
結果的に、この「ヤマト1」が世界でただ一つの超電導電磁推進船となったのです。



超電導電磁推進船「ヤマト1」とお別れ。
もう少しだけメリケンパークを歩きたいのですが、そろそろ帰らなくては。



鉄の塊のような装置がありました。
これって何だろう・・・・・?



説明版を読みます。
トリガー装置という名前。
船の進水に使う装置だそうです。



メリケンパークからだと元町駅が近いのですが、もう少し歩きたいので三ノ宮駅を目指します。
商船三井ビルディング前を通過。



商船三井ビルディングは、1922年に旧大阪商船神戸支店とし竣工した建物。


神戸は本当に何度訪れても素敵です。
1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災は、ここ神戸にも甚大な被害を与えました。
それから19年経った今では、当時の被害の面影は一見してもう残っていないと思えるほどに復興しました。

それに対し。
3年前の東北大震災は地震と津波の大被害に加え、原発事故で天文学的な放射性物質が飛散しました。
そのため、地震直後の救助活動ができない場所も多くあり、そして今でも放射性物質は漏れ続けています。
今や復興を阻むものは、政治家や官僚の復興予算の無駄遣いと、それに加え放射性物質による汚染。
与党政治家と原発の罪深さを痛感します。

原発再稼働どころではありません。
まずやるべきことは、溜りに溜まった膨大な放射性物質の処理。
それも原発事故の放射性物質だけでなく、稼働開始から今まで原子力発電で出た超大量の放射性物質も。
狭い日本が放射性物質で汚染された上、原発稼働で発生した大量の高濃度放射性物質を「仮置き場」に保管して持って行き場がない窮状。
それを、与党政治家や官僚は一体どう解決しようとするのでしょうか。
無責任にもその答えを一切国民に示さないまま、「原発再稼働まずありき」で与党政治家や官僚・財界は足並みを揃えています。
絶句します。



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