以前貫徹した琵琶湖一周ウォークに続いて、二回目になる「第二次琵琶湖一周ウォーク」を開始し、現在継続中。
今日はその三日目となり、和邇から近江高島まで歩きました。
計画ではもっともっと歩くつもりだったんですが、長男から連絡が入り「夕方の6時頃まででなら赤ちゃんと一緒に家にいるけど、帰れる?」と。
可愛い孫が見たいので、午後6時までに確実に家に帰れるよう急きょ予定変更。

天候がいまいちで写真はいいものが撮れませんでしたが、それでも白銀の比良山系を眺めながらのウォークは素晴らしかったです。


本日のウオーキング歩数、約35,000歩。(万歩計が行方不明中)で正確な歩数は不明)


2014年3月1日(土)





今日のウォークの起点である和邇駅に到着。



和邇駅から琵琶湖岸へ。
琵琶湖岸を少しだけ北上し、和邇漁港に到着。



変わったものがありました。
ちょうど人がいたので、「これは何ですか?」と尋ねると「網を巻き上げて洗浄する機械だ。」と教えていただきました。
琵琶湖沿いの漁港では、ここだけにしかないものなんだそうです。



滋賀ヨットクラブ前を通過。



「白髭大明神」と刻まれた灯篭。
かなり老朽化していますが、地域の人が守っているよう金属製の補強具設置されています。



魚が刻まれた石。
こんな物があるとは今まで知りませんでした。



巨大な石灯篭がありました。



何と刻まれているのでしょうか?
「献灯」かな?



道端の畑で、湖の漁業に使っていたと思われる漁具を発見。



「エリ」がありました。
エリとは沖の竹製の囲いのことで、あの中に魚が入って出られなくなったところで、水揚げします。



湖岸には常夜灯らしきものが数多くあります。
これは海岸沿いにあるので、あるいは灯台なのかもしれません。
これは電線が引いてあるので、おそらく現役。



常夜灯。
電線が引かれているので、おそらくは現役。



ここに来るまでに、案内板で「灯台」と説明されていたものがあるはず。
他には何もないので、おそらくこれ。
何の説明もないのでよく分かりませんが、これがその灯台跡。



灯台跡を少し過ぎ近江舞子に近づいたところで、驚くほど大勢の人が集まっている場所がありました。
会場入り口には複数の警備員が立っていました。
今まで歩いて見てきたのどかな風景とまるで違うのに驚き、立っていた警備員に「何の集まりですか、これは?」と尋ねると、※※ル※ ※イ※ の集会です。」と教えてもらいました。
何だか胡散臭い気がしたのでその場を離れてから、今日のウォークの相棒に「スマホで、ワ-※ド メ※トって何かを調べて。」と依頼。
調べてもらったら、予想していた通り新興宗教団体でした。
更に歩くと、信者のものとおぼしき車が数多く駐車してあるこの駐車場へ。
立っていた宗教団体関係者に、相棒がその宗教団体のことを結構詳しく尋ねました。



そして更に歩くと、再び信者のものとおぼしき車がドンドン入ってくる駐車場へ。
ここの近くの駐車場でのことです。
相棒がトイレへ向かおうとしたその時、異変が。
停めてあった車から目つきの鋭い男が下り、私達を明らかに見ているのに見ていないふりをしながらゆっくりと近づいきてきたのです。
近くに釣り客が何人かいたので、刃物や銃器を突き付けられたりしたら大声を上げて釣り客がいる湖岸へ走っていく態勢を整えながら、不審な男を警戒。
相棒はトイレへ。



結局、教団関係者の可能性が高い不審な男は何もアクションを起こしませんでした。
でも、先ほど私たちが駐車場で立ち番していた信者に根掘り葉掘り質問したことを立ち番の信者が連絡を入れ、連絡を受けた教団関係者が私達を警戒していた可能性は高いと思われます。
その場を離れ、教団関係者の尾行などがないか後ろを何度も振り向いて警戒しながら北上。
素敵な石碑がありました。



近江舞子水泳場へ到着。
まだ安心できないので、教団関係者を警戒しながら歩きます。



あまり知られていないかもしれませんが、琵琶湖はかなり水難事故が多い場所。



湖西線の近江舞子駅から出てきた女性二人。
水と戯れていました。
集会を開いていた宗教団体の信者でなければ、個人的には嬉しいのですが・・・・・。



「琵琶湖周航の歌」の歌碑。
私はこの「琵琶湖周航の歌」の歌碑を巡るウォークもしたいなと考えています。



ボタンを押すと、加藤登紀子が歌う琵琶湖周航の歌が、驚くほど大きな音量で流れ始めました。
歌を聴きながら、1970年前後のことを同行者と話します。
同行者は、新宿騒乱事件の時その近くにいたようです。
私は当時政治闘争に加わっていた自分自身が体験した警察権力や右翼の行動について、「私自身が体験した範囲だけれど」と限定したうえで同行者に詳しく話しました。
あれから40年以上の時間が流れましたが、「当時のこと」は 立場の違いはあっても同年代の同行者の記憶も全く薄れていないようでした。



素敵な名前の浜がありました。



湖岸沿いの道がなくなったので、国道へ。
国道に出て、宗教団体の信者を運ぶレンタカーのバスがピストン輸送しているのを何度も見かけました。
なぜ教団関係者が借りるレンタカーと分かったかと言うと、教団が集会を開いていた場所へ信者を運んでいたレンタカーのバスだったからです。
レンタカーなのに(車体にレンタカーと書いてある)、窓には全て銀色の素材で目張り。
あの宗教団体って・・・・。



再び湖岸沿いへ。



北小松漁港に到着。



漁船のいけす。
かつては多くの魚がひしめいていたんでしょうね。
琵琶湖は外来種の魚の繁殖で、今や漁業は危機的状況。



おやおや。
見たことがあるようものが。
「網を巻き上げて洗浄する機械。」です。
和邇漁港で「琶湖沿いの漁港では、ここだけにしかないものなんだ。」と教えていただきましたが、どうやらそうでもないようです。



国道を歩き、白髭神社に到着。
水中に建つ鳥居を眺めます。



白髭神社。



境内の説明。



境内にある、鷹島町案内図。



白髭神社の手水。



白髭神社をあとにして、更に北上。
ここに来る途中に、驚くべきものを見てしまいました。
先ほどからずっと警戒して歩いている某宗教団体のネームプレートを、左側に発見したのです。
ネームプレートの先は坂道の上に至ると思われる進入路があり、その先には茶色い金属製の鳥居が立っていました。
進入路の奥は小高くなっていて、そして草が生い茂っているので、教団の敷地内は全く見通せません。
建物でも立っているのでしょうか・・・・。
教団関係者にあとをつけられていないかまだ警戒を継続していたので、その教団の敷地が高島にあったことにある意味衝撃を受けました。



気を取り直して、前回の琵琶湖一周ウォークでは来ることがかなわなかった「鵜川四十八躰仏」へ。



普段は誰も訪問しないような場所。
そこにこのような素晴らしい仏様がござっしゃる。






近江高島駅近くへ。
乙女が池に到着。



乙女が池に来たのは今日が初めて。



味のある橋が架かっています。
とっても素敵な池ですが、寒いからなのか人がほとんどいません。
こんな素敵な池が街のど真ん中にあれば、きっと一大観光地になるだろうと思いました。



近江高島駅前に到着。
駅前のガリバー像を眺めます。



更に北上するつもりだったんですが、長男からメールが入り「午後6時までに帰るなら、赤ちゃんといっよに家にいるけど?」と。
長男の子どもは生まれたばかりの赤ちゃん。
赤ちゃんが見たいので、急きょ予定を変更して帰宅することに。
京都方面行の電車まで時間があるので、駅前をぶらりぶらりと歩きます。
素敵な建物のケーキ屋さんを発見。



ここはお酒屋さん。



水車がある店もありました。
さてそろそろ時間。
駅に戻ろうっと。



以前に行った「第一次琵琶湖一周ウォーク」は、単独での行動でした。
でも今回の「第二次琵琶湖一周ウォーク」は、以前パートで勤務していたの職場の運転手さんと行動を共にしています。
琵琶湖一周ウォークの同行者が見つかったことは嬉しい限り。

ウォークのコマを進めようとするとその運転手さんとの日程調整が必要なため、「気が向いた時にぶらり」といった感じで出かけることはできません。
でも、長距離を歩くのは同行者がいるに限ります。
その運転手さんとは、琵琶湖一周ウォークが終われば次に高野街道ウォークをして高野山を目指そうと思っています。
私は東高野街道は全線歩きましたが、何本もある他の高野街道はまだ歩けていません。
そこを歩きたいなと考えています。

それにしても・・・・。
よく分からない新興宗教は、私は大嫌い。
いや、訳が分かっても大嫌いと言うべきかな・・・。
あくまで個人的な感覚ですが。



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