寒さが緩んだことと多忙さが一段落。
日曜日の午後、久々に中距離ウォーク。
コースは、京阪電車宇治線の駅めぐり。
さわやかな時間を過ごし、心身ともにリフレッシュできました。


本日のウオーキング歩数、約20,000歩。(万歩計が行方不明中。前回の同じコースのウォーク歩数を参考。)。


2014年2月23日(日)




源氏物語ミュージアムの近くから歩き始めます。



京阪電車宇治線の宇治駅近くにある小さな神社。
彼方神社(おちかたじんじゃ)。
小さな神社ですが、古い歴史と言い伝えがあります。



神社前にある「源氏物語宇治十帖(二)の古蹟」の説明板。



とっても小さな社殿。



さて!
京阪電車宇治線の駅めぐりの開始。
まずは宇治駅へ。
7駅ある宇治線の終点駅です。
ここを起点に、宇治線の起点である中書島駅まで歩きます。



駅舎西側は独特の形状をしています。



駅舎正面。



駅舎内へ。
駅舎の中を通って東側出入り口に向かいます。



駅舎地下にある「おけいはん」の看板。



東側入り口から駅舎を出ました。



宇治駅から三室戸駅の間には、懐かしい風情の建物が残っています。



あっという間に、二つ目の駅である三室戸駅に到着。
宇治線の駅間で一番距離が短いのは、宇治駅と三室戸駅の間。
Yahoo!地図で見ると、その距離はおよそ300メートル。



三室戸駅をあとにして北上。
京滋(けいじ)バイパスの上を通過。



京都大学宇治キャンパス前を通過。



府道に出ました。
この建物は何に見えますか?
どう見てもパチンコ屋。
そう、ここは元パチンコ屋の建物なんです。
パチンコ店は廃業し、建物は今は某学校法人が所有して(使って?)います。



黄檗新生市場に到着。
戦後の高度経済成長期より前に開業のここ黄檗新生市場は、廃墟マニアのHPなどで紹介されることもあるほどの状態。
多くの店が閉店しシャッター市場になっていたのに加え、2013年7月5日午前3時頃には市場内の焼き鳥店から出火し、怪我人などはなかったものの鉄骨二階建ての建物が全焼しました。
中はどうなっているのでしょうか・・・・。



市場内へ。
かなり厳しい状況のようで、ほとんどの店のシャッターが下りています。
右前方の明るいところは、ひよっとしたら焼け落ちた焼き鳥屋があった場所なのかもしれません。



焼き鳥屋さんがあった場所らしい向かい側には、営業中のたこ焼き屋さんがありました。



奥の方にも営業している店が一軒あるようですが、この辺りでUターンすることに。
「何で奥の方に残っている店は入口に近い場所に移転しないんだろう?」と疑問に感じましたが、火事で燃えた焼き鳥屋さんの建物が鉄骨二階建ての戸建てだったことなどから考えると、小売り市場というのは独立した個人の建物が並んでいるのかもしれません。
だから、自分の建物を放棄して他人の建物に移転することはできないのかも。
個人的には昭和の雰囲気が大好きなので、昭和の高度成長期真っ只中にできたこうした建物はできるだけ長く残って欲しいんですが、果たしてこの建物は今後どうなるんでしょうか・・・・。



黄檗新生市場をあとにして、三か所目の駅である黄檗駅に到着。



鉄路って味がありますねえ・・・。



府道を離れ再び旧道に戻り、更に北上。
現役で活躍する丸型ポストを発見!



二子塚古墳に寄ってみることに。
西方寺境内にあります。



西方寺へ向かうため、踏切を渡ります。
踏切の向こう側付近に民家はないので、西方寺専用の踏切と言ってもいいかもしれません。



寺の裏手にある築山のようなこの場所が古墳になります。



庭石のようにも見える三角形の岩は、双子山古墳の石室蓋です。



更に北上。
玄関前に様々な民芸品を飾った家がありました。



四か所目の駅である木幡駅に到着。






旧陸軍宇治弾薬庫引き込み線跡へ。
宇治市に残る貴重な戦時遺跡です。



愛宕鉄道ケーブルのコンクリート橋とほぼ同じ構造のこの橋。
ずっと気になっていたのですが、劣化が進んでいたためか塗り直しされた模様。
当時の様子が分かりにくくなり、ちと残念。



六地蔵宿立場高札場跡の碑。
宇治ライオンズクラブが1975年に建立した物です。



五か所目の駅である六地蔵駅に到着。
他の駅と違ってかなり高い位置に線路とホームがあることが特徴的。
宇治線の駅は、ここ六地蔵駅を除き全て道路と同じ高さにレールが敷かれています。



見上げるほど高い位置に線路とホームが・・・・。



六地蔵駅が高い位置がある理由が、この写真から分かります。
写真中央やや右側に、黄色い橋の欄干のようなものが写っています。
あれは京阪電車宇治線の鉄橋。
鉄橋は山科川に架かっています。
山科川は暴れ川で、過去の何度も大きな洪水を起こしてきました。
人々はそのたびに、山科川の堤防を高くしてきました。
結局、堤防が今の高さになって水害が起こらなくなりました。
つまり、六地蔵駅が高い位置にあるのは、かさ上げをが繰り返され高くなった山科川の堤防の近くにあるからなのです。



山科川の堤防に上がりました。
道路は堤防のかなり下にあるのに対し、京阪電車の鉄橋は堤防の高さに架かっています。
そして六地蔵駅は、この堤防至近にあるのです。



六地蔵駅までは北進してきましたが、六地蔵駅からは山科川の堤防上を西進します。
堤防から北側を眺めると、住宅のようなきれいな建物が建っていました。
これは住宅ではなく、排水機場の建物。
排水機場と言うのは、大きな川に流れ込んでいる小さな川の水害を防ぐ装置。
流入元の小さな川の水面より流入先の大きな川の水面の方が高いと、小さな川の水は排水されないばかりか大きな川の水が小さな河川に逆に流入してしまいます。
それを防ぐため、流入元と流入先の水面の高さが逆転あるいは逆転が予測される時には、小さな川と大きな川との間に設置された水門を締め切ってしまいます。
そして、小さな川の水を人工的にポンプで大きな川へ強制的に排水します。
そうした設備が設置されているのが排水機場なのです。



山科川の増水時の危険性を説明した看板。



六か所目の駅である桃山南口駅に到着。



桃山南口駅の改札口。



桃山南口駅をあとにして、更に西進。
山科川が宇治川に流れ込む位置までやって来ました。
おや?!
山科川と宇治川の水の色が違うぞ・・・。



山科川と宇治川とでは、やはり明らかに色が違います。
山科川の水は透明度があるもののやや黒ずんだ色。
それに対して宇治川の水は山科川よりかなり透明度が劣り、白く濁っています。
どちらの水質がいいのか悪いのか分かりませんが、いずれの川の水も汚れているのは容易に想像できます。



山科川とお別れ。



月見館前へ。
昭和初期創業の月見館の建物は、木造三階建て。



月見館の正面へ。



月見館前にある三十国船。
大き過ぎて、近くからはその全体が分からないほど。



三十国船の右舷。



月見館の敷地には。きれいな花が咲いていました。



風情ある、月見館の案内看板。



七か所目の駅である観月橋駅に到着。



2001年に国の「登録有形文化財」に指定された、宇治川に架かる澱川橋梁へ。



つり橋状の鉄橋(単純トラス橋と言います)では、建設された1928年当時はもちろん現在でも日本最大級のものです。



橋脚が一本もないのに、こうして近鉄電車や、あるいは近鉄京都線に乗り入れている地下鉄の車両が結構頻繁に通過していきます。



かつて辨天浜があった場所に到着。
酒造り工場を眺めます。



辨天浜の説明。



中書島駅前の商店街へ。
京阪電車宇治線の起点駅である中書島駅を目指します。
商店街は人通りが少なく、実にのんびりと散策できます。



新地湯の建物前へ。
この新地湯の建物はとってもレトロチックですが、モダンさも感じます。
1931(昭和6)年築ですから、まだ鉄筋コンクリート二階建ての建物が珍しかった時代の建物。
建築当時は、素晴らしいモダンな建物だったことでしょうね。
もちろん今でもその時の魅力は何ら色あせていません。
godzillaはこんな建物が大好き!



来月三日には、映画祭が開催されるようです。
「観に来たい!」と一瞬思ったんですが、この日は仕事です。
残念ながら坂東妻三郎や「団地妻みよこ」の映画を観に来ることは不可能。(-_-;)



最終目的地に到着。
宇治線起点駅である中書島駅に到着。
ここ中書島駅は、京阪電車宇治線の起点であると同時に特急も停車する京阪本線の主要駅です。
だから中書島駅は宇治線の駅ではありません。
宇治線の駅は、観月橋駅から宇治駅までの間の合計七駅です。



駅前の竜馬像。
伏見が「幕末のまち」あるいは「明治維新のメインステージ」と言われるがゆえの像。



近場でも、いい場所があればいくらでもウォークを楽しむことができます。
近くに素敵な場所があることって、最高!
でも近場もいいけど、のそろそろ、二回目(二周目)になる琵琶湖一周ウォークの続きもしたくなってきました。
腕が鳴る・・・基!脚が鳴る。



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