夫婦で過ごす東北の旅の四日目。
三日にわたって過ごした奥入瀬渓流とお別れし、浄土ヶ浜へ移動。
リアス式海岸の素晴らしさに触れ、東北大震災の爪痕をちょっぴり感じました。


本日のウオーキング歩数、14,362歩。(うちエクササイズウオーク6,037歩)、消費カロリー310kcal、燃焼脂肪量16.9g。


2013年10月28日(月)




二晩に渡って泊まった、奥入瀬渓流ホテルの「渓流側洋室」とももうお別れ。
紅葉シーズンの渓流側洋室は、一人一泊あたり3,500円の特別料金が必要。
それでも泊まりたかったので、二泊した部屋。



ラウンジ「森の神話」前へ。
明るい日差しに照らされた紅葉が、大きな窓の外で輝いています。
ペアで列島に近づいていた大きな台風は上陸せず離れていきました。
もう台風による天候の悪化はないのが嬉しい限り。



昨日の奥入瀬渓流散策が、こんな天気だったら最高だったことでしょう・・・。
でも致し方ないこと。
台風が直撃せず、おかげで旅行が無事に進んでいることに感謝。



いい天気なので、朝食前に少し外へ。
きれい!
朝食を摂ったら、少しホテルの庭を散歩しようっと。



二泊三日にわたり過ごした奥入瀬渓流ホテルでの最後の食事を摂ることに。
食事会場へ。
さてさて、豪華なバイキング形式の朝食です。
今日のオーダーバイキングは何かなあ・・・・。



食事を終え、再び外へ。
本当にいい天気!






食事会場からガラス越しに眺めていたホテルの庭園。
カネゴンのようなモニュメントも、ひょっとしたら岡本太郎氏の作品かも。



さほど広くないと思っていた庭園ですが、かなり広いのに驚き。
しかも、庭園の端には奥入瀬渓流の流れが。
庭園の端は、奥入瀬渓流に接していました。



いい天気になりましたが、庭園は木々に光を遮られ若干明るさに欠けます。
しかし、木漏れ日がスポットライトのようにこうして紅葉に当たっている場所も。






庭園にはカエデも。



東北地方の紅葉は、自然の落葉樹のものが圧巻。
こうしたきれいなカエデの紅葉を見るのは、今回の旅では初めて。



奥入瀬渓流の流れが見えてきました。



何だかアスロックのような形のものが・・・。
いったい何だろう?
鳥の巣箱でもないし。



中をのぞくと、奥入瀬渓流の流れを向こうに眺めながら、地元や自然の素晴らしさが書かれた詩のようなものが。



三つとも同じようなものに見えますが、中をのぞくと書かれている言葉が全て異なります。



何が書かれていたかすっかり忘れましたが、とても感動的なことが書かれていたことだけは覚えています。



素晴らしかった庭園ともお別れ。
さて、そろそろホテルに入ってチェックアウトの用意をしなければ。



ホテル内へ。
三日間接した巨大暖炉「森の神話」ともお別れ。



リアス式海岸を眺めながら、宮古市を目指します。
時おり休憩して海を眺めますが、そこかしこに津波の爪痕を確認することができます。
ここでは、津波の被害の回復工事が行われていました。
写真左上の赤土がむき出しになり松の木がまばらになっている部分は、どうやら津波の駆け上がった跡のようです。



こんな標識を何度も何度も見かけました。
意外なことに、道路を登り切った所など結構標高が高そうな場所でもこういった標識を見かけました。
なおこういった標識は、2011年3月11日の東北大震災以前のものです。
3.11震災の記録を元に標識を作り直したら、もっと高い位置に標識が設置されるケースもきっと多いことでしょう。



大津波の被害を受けたであろう港。
穏やかな港の風景を眺めていると、2年前のあの津波のことが信じられません。
でも、あの凶悪な津波は、間違いなくこの地を襲って甚大な被害をもたらしたのです。



車で走っていてこういう看板を見かけたら、「今津波が来たらどこに逃げられるかな?」と辺りを見回してしまいます。



宮古市に向かう途中ですが、鴻ノ巣断崖へ。
樹のチップが敷き詰められた囃子の中の歩道がとっても快適。



鴻の巣断崖遊歩道の説明。



凄い迫力の断崖。



展望台。
ここ鴻の巣断崖は、岩手県田野畑村にあります。



アベック台風はそれたものの、まだ少し強い風が吹き波も荒目。



「鴻の巣」という名前がうなづけるような断崖絶壁。



鴻の巣断崖をあとにして、東北らしい風景を眺めながら宮古市へ急ぎます。
途中で、ヤマダ電機に寄りデジカメ用の予備のメモリを購入し、そしてホームセンターで辞職届用の紙・封筒を購入。



浄土ヶ浜に到着し、観光船乗り場へ。
奥入瀬渓流から浄土ヶ浜まで200kmあまり。
走り続けたとして、時間にして4時間余りというところでしょうか。
朝食を奥入瀬渓流ホテルでたっぷり摂ったので、途中で昼食はせずにここまでやって来ました。
でも途中で結構寄り道したので、もう正午はとっくに過ぎています。



浄土ヶ浜遊覧船に乗り組みました。



国の名勝「浄土ヶ浜」を、およそ40分でめぐるコースに出発!



白い岩肌と緑の松のコントラストが美しい海岸美。
大震災の津波で沿岸は大きな被害が出ましたが、海岸美はこうして残りました。



およそ300年前に霊鏡和尚がこの地を発見し、「さながら極楽浄土のごとし」と賛嘆して「浄土ヶ浜」と名付けられたと今に伝わります



台風の余波が残り、時おり激しい波が海岸の岩肌を打ち付けます。



あの大津波でよくぞこういった岩々が耐えて残ったものだと驚きます。
自然の強さなんでしょうが・・・・。






鳥の集団が、壊れた防波堤のような場所から一斉に飛び立ちました。
鳥を、私は最初「カモメ」だと思っていたんですが、どうやらウミネコだったようです。
ウミネコとカモメの違いが分かり易く説明されているHPもあります。
http://bird-muromi.sakura.ne.jp/shikibetu/s01/s01_03.html



津波によって枯れた南部赤松をはじめとしたさまざまな植物。
それがこのようにして、いたるところで観られます。



津波が40メートルを超えるという場所もありました。
遊覧船の説明を聞きながら写真を写したのですが、ここがその場所だったかどうかは不明。



震災で宮古地区は50cmほど地盤沈下しました。
そのためかどうかは不明ですが、少なくとも震災で被災したことはほぼ間違いないコンクリート製の構造物がありました。
しかし、この場所についての遊覧船での説明は一切なし。



遊覧船での観光を終え上陸。
まだ新しい木製の遊歩道がこのように壊れている場所がありました。
説明によると、津波に被災して遊歩道の設備は全て壊れてしまったので、新しい遊歩道が整備されました。
しかし今年の相次ぐ台風で被災し、せっかく新しく造った遊歩道がこのようにまた破壊されてしまったとか。



遊覧船を下りてもまだ若干時間があります。
さっぱ船乗船を予約し、小型船で青の洞門を目指そうかなと考えました。
しかし、台風がそれたとはいえ波はまだ高め。
妻は「船酔いしないかなあ・・・。」と心配顔でしたが、さっぱ船を下りてきた高齢の婦人に感想を聞くと「怖くなかった。とっても面白かったですよ。」と教えてもらったので、さっぱ船に乗船を決意。
予約し、ライフジャケットとヘルメットを装着し乗船を待ちます。
観ているビデオは、大震災に伴う大津波の様子。
映像を見ていると、改めて戦慄を覚えます。



さっぱ船に乗船し、いざ出航!
さっぱ船には、少し前に吉永小百合が乗ったとか。
さっぱ船は何隻もあるので、はてさてどの船に乗ったんだろう?
波が高く、船が進むと波の砕けたものが体に当たりそうになります。
また遊覧船と異なり視線が低いので、風景も先ほど見たにもかかわらず新鮮。
ただ、船が小さいのでよく揺れ、やや不安。



遊覧船で配られたかっぱえび船が残っていたので、寄ってきたウミネコに振舞います。。



このウミネコは、かっぱえび船をもらおうと船首に鎮座を試みます。



ずいぶん傾いてきた夕日に照らされる奇岩。



とぼけた顔のウミネコ君。
でも、目は真剣。
「かっぱえびせんは まだかいな?」、あるいは「おらおら!こんな危険を冒してここに来たんや。かっぱえびせんをはよくれや!」といったところでしょうか。



青の洞門に近づきました。



青の洞門に到着。
せ、狭い!?



こんな所をくぐり抜けるのだろうか・・・・・。



と思ったら、さっぱ船がぴたりと止まりました。
青の洞門をくぐり抜けるのではなさそう。
ちょっぴり残念。



青の洞門の中に一部入り込んださっぱ船の中で、詳しい説明に聴き入ります。



撤収〜!
ってことで、無事に出発点に戻ってきました。
さっぱ船から下り、乗ってきたさっぱ船を眺めます。
この時点で、何とも驚くことを聞きました。
何と!このさっぱ船こそ、吉永小百合が乗ったものだったとか。
吉永小百合が乗ったさっぱ船は、その後乗船希望のリクエストが殺到。
でも、さっぱ船に乗船する客が増え、乗組員を含めて4人しか乗れないこの船は効率が悪く吉永小百合が乗船してから少しして運行を停止。
代わりに、定員が多い大型のさっぱ船に切り替えられました。
ではなぜ、私たちがこの船に乗れたのか・・・・。
そこには驚くべき理由がありました。
午前中まで順調に動いていた大型のさっぱ船の調子が午後になり急に悪くなり、午後遅くに急きょ助っ人としてこの船が今日限定で運用されたんだそうです。



吉永小百合が乗ったのは、船前方のブルーの座席の進行方向左側。
私でなく、妻が乗っていた座席でした。
いやいや、素晴らしい体験ができました。



日没を惜しむように、浄土ヶ浜の風景が輝きます。



まだ明るいので、少しだけ浄土ヶ浜の遊歩道を歩くことに。



ん!?



これって、小トトロでないの?!






浄土ヶ浜の素晴らしい夕景。



浄土ヶ浜の海岸。
砂浜でなく、石の浜です。
この浜の状態も、大津波でかなり変わったことでしょうね。
初めてこの地を訪れた私にとっては、過去との比較をすることは不可能ですが。



少し薄暗くなり始めました。
たそがれ時が足早に近づいているようです。



浄土ヶ浜レストハウス。



レストハウスの建物に近づくと、上の方に水色のテープが張ってあり、何か書かれていました。
書かれている文字は「津波浸水ライン」。
何と驚くことに、今は平和そのもののここ浄土ヶ浜レストハウスは、かつての津波で激しく流れ込んだ水がこんなに高くまで押し寄せていたのです。



レストハウスの外側にある展示写真と説明。



竣工からわずか1年で、津波により壊滅的な状態に。
その様子がとてもよく分かる説明。



そろそろ撤収しないと。
ここも津波の被災か所ですが、台風の被害があり復旧工事が一時的に止まっている模様。



遊歩道を戻っていて、こんな写真付きの説明を見ます。
温泉のように見えますがそうでなく、波が海岸の岩の間を通って噴き出す現象。
観光船から見たんですが、写真をうまく写すことができなかったので、改めて写真付き説明を眺めることに。



人がいないことはないんですが、それでももう人影はまばら。
暗くなる前に、浄土ヶ浜ホテルに着かなくては。
などと言いつつ、ここからでも浄土ヶ浜ホテルまではごくごく至近。



駐車場にレンタカーを取りにいかなくては。
歩くのと、レンタカーを取りに行くのと、浄土ヶ浜ホテルへ行くにはほぼ同じような時間。
でも、レンタカーはホテル浄土ヶ浜の駐車場に入れなければ。



浄土ヶ浜ホテルに到着。
まずはフロントでインターネットに接続させてもらい、辞職届の書き方と、そして辞職届を出す会社の住所と代表取締役を調べました。
それが終わった後、さっそくバイキング形式の夕食会場へ。
あれれ、まだ時間が早いのに夕食会上には私たち夫婦以外のお客さんは、誰もいない。
でも、夕食会場隣の団体さん専用食堂は少しひと気があり。
そんなことは、どうでもよし!
昼食抜きですので、素晴らしい料理を早速食べ始めます。
食べている途中で、他のお客さんも二組ほどやって来ました。
今日は月曜日なので、お客さんはかなり少なめの模様。



今日の夕食で私の一番のお好みは、これ。
よく脂がのったマグロです。
私が皿のものを全部食べてしまうと、また追加が来ました。
ビールをいただきながらこのマグロはじめとしたバイキング形式の食事を楽しんでいると、後から来た二組の夫婦はさっさと撤収。
結局、また私たち夫婦のみに。
で その私達夫婦のうち妻はさっさと食べ終わり、ぐずぐずと食べているのは私だけ。((+_+))
だっておいしい物がいっぱいなんだもの。
ホテルの人が何人も、私達が食べ終わるのを待っている雰囲気。
そろそろ部屋に撤収するかなあ・・・・!


浄土ヶ浜。
私は高校を卒業して就職したのですが、就職して10年ほどは単独旅行を楽しんでいました。
その独身時代の単独旅行で、ここ浄土ヶ浜にも来たような記憶があります。
でもそれは、今でははっきりと思いだせません。
そもそんなことは、今になればどうでもいいこと。

夫婦で年子三人を育て上げ、私は定年まで無事に働き終え、そして私の母親の介護を夫婦で後悔ないまでやり遂げた。
そんな私たち夫婦のご褒美のような、おいしいおいしい夕食を堪能。

明日は、予約していた被災地の語り部の方の話を聞く日。




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