先日妻と共に竹生島に行った時に、西国三十三か所のご朱印帳を購入。
西国三十三か所の お参りと朱印集めは今まで一人でしていたんですが、家族のことで色々とあったので心機一転。
これまで集めた朱印はいったんリセット。
そして、新たに妻と共に三十三か所へのお参りと朱印集めを、再度 始めることにしました。

そこでこの日。
京都市内の革堂(こうどう)と、そして滋賀県大津市の三井寺へお参りし朱印を増やしました。


2013年9月29日(日)




妻の腰の手術の傷ががまだ癒えていないので、車で移動。
革堂近くのコインパーキングに車を駐め、革堂へ到着。






革堂の境内へ。
ここ革堂には、有名な「幽霊絵馬」があります。
幽霊絵馬については悲しく不思議な話が伝わります。

江戸時代の末頃、行願寺の近くにあった質屋に奉公していたお文という子守女は、聞き慣れた御詠歌を子守歌がわりに口ずさみ、子供まで御詠歌を覚えてしまった。熱心な法華信者であった質屋の主人はこれを見とがめ、お文を折檻し、死なせてしまう。あわてた主人はお文の遺体を土蔵に隠し、知らぬふりをしていた。お文の両親が行願寺で通夜を営んでいたところ、彼女の幽霊が現れ、事の次第を語ったので、真相が明らかになり、質屋の主人は捕らえられたというものである。絵馬にはお文の遺愛の手鏡がはめこまれている。」
(ウィキペディアより)



七福神石造。



革堂をあとに。
今度は大津市の三井寺へ。



京都市の革堂は実にこじんまりしていましたが、ここ三井寺はそれと対照的に広大。
お参りの順路を歩きますが、実に色々なものがあります。
これは左甚五郎作の龍の彫刻。
あまりにもよくできているので命を持ち、かつては夜な夜な琵琶湖に出て暴れていたそうです。



龍の彫刻の説明。
暴れていた龍は、甚五郎の手によって目玉に釘を打たれておとなしくなった模様。



ここ三井寺には、日本最古の庭園があるようです。



日本最古の庭園。



霊鐘堂へ。
弁慶が引きずったとされる鐘がありました。
重さは2.25トン、高さは199.1cm、口の広さは123.2cmもあります。



弁慶鐘の説明。



同じ霊鐘堂にある、弁慶の汁鍋。
重さは450kg、深さは93cm、口の広さは166.5cmもあります。
比叡山の僧兵たちが利用していたので、「千僧の鍋」とも呼ばれています。



広い広い境内を順路通りに進み、観音堂で無事に西国三十三か所の朱印を押してもらいました。
妻が疲れ過ぎてはいけないので、そろそろ撤収することにします。
三井寺を後にする前に、境内から大津市街を眺めます。



5月に家族に不幸があり、そのことの心の整理がつかない6月に妻が腰の大手術をしました。
大きな手術だったので、退院した妻はまだコルセットを外せない状態。

そんな状態の中、私は結果的に神経性と判明したもののきつい胸痛に悩まされ始めます。
加えて妻も、退院後に利用した美容院で「円形脱毛症」を指摘されました。
夫婦ともども、神経性の体の不調があったようです。
それでも何でも。
夫婦ともども、やや落ち着きを取り戻しました。

妻は順調に回復しており、12月中旬にはコルセットが外せます。
私は、定年退職後に就いたパート勤務を辞めフルタイムで働くべく、求職活動中。
介護の時間を取る必要がなくなったからです。

夫婦ともども、これからまだまだ色々とありそう。
それでも何でも、頑張っていかなくては。

そうそう。
来月中旬には、関東在住の長女が第二子を出産するため家に戻ってきます。
少しの間ですが、にぎやかになりそうで嬉しい限り。


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