妻と共に舞鶴へ行きました。
今のこの時期は、私が退職後に就いたパート勤務の仕事が1ヶ月半もなくなる時期のひとつ。
そんな時期の収入確保のため毎年バイトをしていますが、今年行っているバイトは2日前から今日まで3連休になります。
バイト3連休の最終日を利用しての舞鶴行き。
舞鶴は私にとっても、そして妻にとっても初めて訪れる場所。


2013年8月18日(水)




「舞鶴港とれとれセンター」にまず着きましたが、私の体調が悪く昼食時間にもかかわらず何も食べられませんでした。
胸がチクチクと痛みます。
数か月前から胸が時々痛むようになり、受診しても心電図には異常なし。
一度きちんと精密検査を受ける必要がありそう。
せっかく来た「舞鶴港とれとれセンター」ですが、仕方なしにそのままあとにします。
赤レンガ倉庫方面に向かっていると、自衛隊桟橋前へ。
まだ見学時間内だったので、「体調が悪い状態で運転するよりゆっくりと基地を見学しよう。」と考え、休憩を兼ねて見学することに。
受付名簿に住所と氏名を記入し、見学者の許可証を受け取り見学開始。
いきなり、イージス艦が目に飛び込んできました。



イージス艦の名前は「みょうこう」。



軍艦がずらりと並ぶさまは壮観。



かなり大きな護衛艦。
ヘリ搭載型のようです。
そう言えば、日本は空母を「護衛艦」と呼んで二隻保有。
先日その二隻目を就航させたばかり。
空母を「護衛艦」と呼ぶ日本の政治家の姿勢は、外国の人々やメディアからはどのように思われているのでしょうか。












自衛隊員は、愛想もよくとっても親切。
また、巨大な護衛艦が多数係留されているのを見ると、「心強い!これぞ日本の防衛の基本。」と感じられます。
それでも何か心に引っ掛かるものが・・・・。






体験乗船できる船があったので乗り込みます。
妻は強烈な暑さに閉口して、ひと足先に車へ戻りました。





















紛争を武力で解決すると、人的物的犠牲が多く出て、そして勝敗が、あるいは優劣が決します。
交戦の結果により戦勝国があり、そしてその戦勝国の思い通りに物事が進むとしたら、世界の国は全て自国の利益を守ろうとして延々と軍備拡張を続けることを余儀なくされるのではないだろうか・・・。
ふとそんなことを考えました。

私が高校生だった頃は人並み以上に政治に目覚めていたので、旧社会党が掲げていた「非武装中立」の思想に心から共鳴。
「世界中の国が セ〜ノ〜で と掛け声をかけて一気に軍備なんか放棄したらいいのに。」と感じていたものです。
還暦からすでに数年経過した今でも、その頃の思いは私の中では当時と何ら変わることはありません。
「実際の国際社会の実態を考えると、そんな理想主義はあり得ない。」というKUSO政治家諸君。
庶民から ノロノロと行動し庶民のことなどほとんど考えない行動をとるあなた達政治家、特に与党政治家の諸君こそ人間としても最低の「クソ丸出し」「AHO丸出し」の人種だと思われていることをご存じ?
おそらくご存じないでしょうね。
「先生」と呼ばれていい気になっている あなた達はまさに「裸の王様」なんですがね・・・・。









体験乗船終了。
岸壁に戻ります。






修理中なのでしょうか。
黄色い塗装が施してある船が一隻ありました。



最高気温が38℃。
舞鶴は京都府南部よりも涼しいと思っていたのですが、全く違いました。
強烈な日光が海面に反射し、船腹を鋭く照らしています。



小型船が係留されている場所へ。






護衛艦の速射砲。
旧海軍の戦艦大和は、1つの砲座に46センチ砲を3門積んでいました。
そしてその砲座は前部だけでも2座ありました。
でも護衛艦は小口径砲が1門だけ。
戦艦大和の方が重装備でこうした護衛艦よりもはるかに強力な武装に思えるのですが、3連装砲を2つも積んでいるということは、砲の性能がそれだけ信頼できないことを表しているのだそうです。
また情報収集能力をはじめとする諸力は戦艦大和の方が圧倒的に劣り、戦艦大和よりこうした護衛艦の方が力で圧倒的に勝るようです。
「海上自衛他の護衛艦よりも、大鑑巨砲の戦艦大和の方が圧倒的に強い」としか思えない私って、ひょっとして思い切り古い人間なんでしょうか。(@_@;)






見学を終え撤収します。






この軍備が米軍の補完軍事力として世界規模で運用されることのないことを心から 心底 心から念じます。
太平洋戦争以来の日本軍の初の戦死者が、アメリカの勝手な世界戦略に伴ってのものでは悲しすぎるから。






舞鶴赤レンガ博物館へ。
体調が少し良くなり胸の痛みが和らいできました。
館内をゆっくりと観て周ることにします。



エアコンが効いている赤レンガ博物館をあとにして、舞鶴引揚記念館へ。
館内では、語り部の方から戦争と引き上げの様子をこと細かく聴くことができました。
様々な展示物を単に見たり説明を読んだりするのと比べると、語り部の方の説明を聞きながら見て周ると当時のことが本当によく分かり理解できました。



あまり遅くならないよう、語り部の方の説明が終わった時点で見学を終えました。
そろそろ帰路に。




妻は手術を無事に終え、今は回復期間中。
ただ、心労で体に悪影響を受けていることが判明しました。
私も数か月前から時々、結構きつく胸が痛むようになってきました。
私も一度医者で、胸が痛むことで診察を受けなくてはなりません。



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