6年前に琵琶湖一周ウォークを行いました。
その第二弾を、今日から開始。
色んなことがあってしばらくできていなかった長距離ウォーク。
第二弾の琵琶湖一周ウォークは、琵琶湖一周ウォークの開幕とそして久々の長距離ウォークの二つの意味を持つものになりました。

今回のウォークでは、パート勤務の職場の方にも声をかけ、職場の運転手さん3人と私との計4名で宇治から山越えで浜大津まで行くことを計画。
でも出発直後に一人が急用で離脱し、総勢3名に。
更に歩みを進めるうちに、一人が足の不調を訴え。
炭山まで行った時点で、足の不調が出たお一人が帰路に。
同時にもう一人も離脱。

結局、炭山から先は私一人に。(^_^.)
それでも炭山から歩みを進め、浜大津まで一人で歩き切り、琵琶湖一周ウォークの初回を無事に歩き終えました。
6年前に行った琵琶湖一周ウォークでは、浜大津を起点にし、到着点も浜大津でした。
でも今回の第二次次琵琶湖一周ウォークは少しバージョンアップし、「出発地・到着地とも自宅にする。」と決めました。
つまり、自宅の玄関を1歩踏み出した時点で第二次琵琶湖一周ウォークが始まり、第二次琵琶湖一周ウォーク完歩は浜大津から自宅まで歩いて帰った時点となります。


本日のウオーキング歩数、44,062歩。(うちエクササイズウオーク34,397歩)、消費カロリー1,490kcal、燃焼脂肪量94.7g。


2013年5月18日(土)




JR宇治駅で他の3人と合流し、4人で出発。
宇治橋を渡り、橋寺放生院へ。
橋寺放生院には干支の守り本尊があり、自分の誕生月に合わせた守り本尊に今日のウォークの無事を念じます。



橋寺をあとにしてウォーク再開。
宇治茶道場「匠の館」の建物裏を通過。



世界文化遺産である宇治上神社前へ。
でも、今日は宇治上神社には寄りません。
目的は、宇治上神社近くにある宇治発電所を見ること。



1908年(明治41年)に着工し、5年後の1913年に竣工・運用開始された宇治発電所。
現役の水力発電所として、今現在も活躍中です。



宇治発電所をあとにして、大吉山山頂へ。



大吉山の展望台から見る宇治市街地。



展望台から興聖寺方向へ下り、登山道から少し外れて宇治発電所の導水管の「空気抜きと明かり取り用」あるいは「管理用」と思われる隧道へ。
「転落危険」の表示があり、流れる水の音が聞こえてきます。
この辺りで、お一人が急用で離脱。
メンバーは私を含めて3名になりました。



隧道の反対側に回り、宇治発電所へ水を落とす導水管を見ます。



100年以上前に建設された宇治発電所。
その導水管の迫力に息をのみます。
何度も改修されたのかもしれませんが、それでも基本構造躯体は当時とほぼ同じはず。



導水管ウォッチを終え、ウォーク再開。
宇治神社とお別れ。



観流橋。
先ほど見た導水管から流れ落ち宇治発電所で発電の役目を終えた水が、この橋の下を通って宇治川に流れ込みます。
この辺りで、参加者のお一人が太もものこむら返りの激痛に襲われます。
しばし休憩。



こむら返りを起こした方が何とか回復。
ウォークを再開し、美しいカエデの新緑を眺めます。



旧・志津川発電所に到着。
付近の遺構をしばし見学。



旧・志津川発電所の建物や遺構の見学を終え、炭山を目指します。
宇治川では今 大規模な行われていますが、天ヶ瀬ダム下でもこうして工事が行われています。



志津川の清流を眺めながら、志津川の集落を目指します。



志津川の集落の民家の庭先。
柿の木の新緑が強い日差しに輝きます。



志津川の集落の外れ。
見えている細い道をまっすぐ上っていくと、ハヤブサの営巣地が見える崖、それに喜撰山揚水発電所のダム湖を見ながら、池尾の集落に至ります。
でも今日は池尾に向かう道ではなく、今まで歩いてきた道を継続して歩き炭山を目指します。



2012年8月13日から翌日にかけて発生した豪雨の爪痕。
2012年8月13日から翌日にかけて近畿地方を豪雨が襲いました。
中でも、志津川地区や炭山地区の被害が甚大。
普段は水深30cmほどの志津川が大増水し、志津川地区の民家が宇治川に流失し犠牲者が出てしまいました。



砂利採取場の崖上部にへばりつくようにして作業するショベルカー。
何だか転落しそうで怖い。



これも水害の爪痕。
こんな場所を数えきれないほど見かけました。
自然の猛威を痛感。



陶芸の里・炭山に到着。
ここでお二人が離脱。
ここから先は単独行動。
山岳コースで浜大津を目指し、一人で歩を進めます。



素敵な鯉のぼりが。
そろそろ上炭山のはず。



上炭山の一番端に位置する民家。
ここから先は、上醍醐寺境内までもう建物はありません。



杉木立の向こう側に見えている道がこれから進む道。
険しさ・坂のきつさが分かるかと。
しかもここから進み上醍醐山に近づくにしたがって、坂道の傾斜はきつくなります。
時間が惜しいので、きつい上り坂を歩きながら昼食を摂ることに。



上醍醐時に到着。



上醍醐寺の山門をくぐります。



醍醐水が湧いているお堂へ。



醍醐水。



醍醐水の説明。



醍醐水をあとにして境内を周ります。
錫杖が。



五大堂。



浜大津へ向かうため道を探しますが、前回ここから浜大津まで通った道にはロープが張って閉鎖されていました。
境内をかなり時間をかけて他の道を探したのですが、結局見つからず。
仕方ないので、道が閉鎖されている理由が分からないままに閉鎖されている道を進むことに。
結構歩いて山道が終わり、一般道へ。
そこも閉鎖されていたので柵を乗り越えてから後ろを振り返ります。
すると、道が閉鎖されている理由がはっきりと分かりました。
醍醐寺は、新興宗教の手に渡って以降、境内が全て有料化されました。
そのため、お金を払わないで境内に入れないよう、長年人々に親しまれてきたハイキング道を閉鎖したのです。
絶句!



車道に出ました。
前回同じ道を歩いたので道を迷うことはないと思っていたんですが、この案内板の「桜の番場を経て牛尾観音」の向いている方向が実にあいまい。
道を上るのか、あるいは反対に道を下るのか。
判断できかねます。
記憶を頼りにいったん道を上り始めたんですが、10分あまり歩いて「ひよっとして違うかな?」と思い始め、結局元の場所に戻り、そして下り始めました。
でも、「やはり違うな」との思いを持ち、再び上りの道へ。



再び上り始め、旧東海道線の線路跡に造られた名神高速道路がよく見えている場所に到着。
この風景は見たことがあるので、上りの道でやはり正しかったと確信できました。



ここで標識を見つけましたので間違いありません。
ここから舗装路を外れ、左側の未舗装路へ。



どんどん下ります。
ここは前回、道が分からなかった場所。



でもこんな標識が。
この標識があれば、道を間違う可能性は極めて低いですね。



前回来た時に石がゴロゴロしてとっても歩きにくかった所。
歩きにくい状況は全く変わっていません。



前回この道を歩いたのは7年前。
その時に壊れかけの橋があったのですが、いくらなんでも修理されずそのままとは考えていませんでした。
ところが何と!
その場所に来ると、7年前に壊れかけていた橋が、全く修理されていないばかりか更に壊れ方をバージョンアップさせて存在しているではありかせんか?!



次に渡るこの橋も、上の写真の橋と全く同じ状態でした。
でもこの道を通る人々は、したたか。
橋は危なくて渡れないので、川に石を並べて濡れずに川を渡れるようにされていました。
私もそこを渡りました。



桜の馬場に到着。
中学生か高校生らしき女性が二人バイクで来ていましたが、私の姿を見ると「下界」に戻っていきました。
二人乗りができない原付バイクで来ていたようです。
この標識。
意味がよく分かりませんでした。
この「自動車道路」の意味。
ここにはこうして柵があり、車どころか人も通れません。
自動車道って何だろう、そしてなぜ自動車道なのに車が入れないのだろう。
それと、もう一つ。
マムシに注意って?
桜の馬場は確かに草深くマムシに気を付けなければいけないけれど、この位置にこんな注意書きをしてもハイカーはほとんど誰も見ないはず。
私は道を間違えてこの柵を乗り越えてここに来たのですが普通はここには人は来ないはず。
だとすれば、自動車道の中のこと?
でも自動車道の中には人も車も入れないのですが・・・・・。



牛尾観音を目指します。
標高450メートルの醍醐山まで登り、一部を除いてずっと下ってきましたが、ここからまた登りになります。



延々と階段が続きます。
登り始める場所は「思案辻」。
あるいは、この急坂を登るかどうか参拝の人が思案したから付いた名前なんでしょうか。



音羽観音に到着。



牛尾山の説明。
国内ばかりか世界的にも有名な清水寺は、その起源がここにあるのです。



新緑が美しい牛尾観音境内。



牛尾観音境内には、こんなありがたいものがあります。



まずは、西国三十三ヶ所霊場めぐりへ。



続いて、四国八十八ヶ所めぐり。



次に、標高593メートル余りの音羽山をめざします。
石山駅との分岐に到着。



かなり標高を上げ、今日初めて目にする琵琶湖が・・・・。
琵琶湖と言うより、瀬田川ですね。
その瀬田川を見ることができる場所に着きました。



標高593メートル余りの音羽山山頂に到着。
汗だくです。



音羽山山頂にはこんな物が。
木材切り出しにでも使う物なのでしょうか。



音羽山山頂から見る浜大津方向。
結構距離があります。



下りが延々と続きます。
階段が連続する場所に差しかかりました。
登りでも下りでも坂道は私にとっては何ら問題ないのですが、こうした下り階段の連続は膝に強い刺激を与えます。
歩き過ぎで膝を痛めている私にとってはきつい場所。
膝を保護するため「1段ずつ両足をそろえる。」という効率悪い歩きをしならが歩いていると、前方からMTBでやって来た来た若者とすれ違いました。



かなり長く歩き、やっと逢坂山歩道橋に到着。
道を間違ったり、あるいは道が分からなかったり。
ここに来るまで、ずぶんと時間がかかってしまいました。



逢坂山歩道橋の上から、浜大津方向を眺めます。



頭上を覆う木々のため、逢坂山歩道橋付近はかなり暗くなってきました。
当初予定していた山道を通って浜大津まで行くことは、ライト持参でないので危険と判断しここで断念。
ここからは国道を歩き、浜大津を目指すことに。



国道に出るため、関蝉丸神社(下社)境内へ。
関蝉丸神社では、何かの行事がある雰囲気。



祭りの雰囲気って、本当にいいですね。



国道で浜大津に向かう前に、名神高速道路を眺めます。



名神高速を眺めるわけはこれ。
名神高速道路の下には、旧逢坂山トンネル西口が埋まっているのです。
石碑の表と裏には釘のように刻まれています。
旧東海道線 逢坂山とんねる跡」
」明治十三年、日本の技術で初めてつくった旧東海道線逢坂山トンネルの西口は名神高速道路建設に当り、 この地下十八米の位置に埋没した。ここに時代の推移を思い碑を建てて記念する。」




関蝉丸神社下社前に展示されている車石。
牛車の車輪をこの石の溝に入れ、安定した走行を実現していました。
車石は、江戸時代以降に京の都に向かう主要街道に敷設されました。
車石は街道に一本しか敷設されていなかったので、牛車が車石を使用して道をすれ違うことは不可能。
時間を決めての一方通行だったんでしょうね。



車石の説明。



ウナギの店「かねよ」。
とってもおいしいウナギが食べられます。
ここ「かねよ」のウナギは「日本一のウナギ」とされますが、琵琶湖でウナギを養殖しているわけでもないし、いくらおいしいにしてもそこまで断言する理由がよく分かりませんよね。
それは、大正時代にここで食事を摂った野口雨情がウナギのおいしさに感動し、「うなぎ料理は逢坂山にひびくかねよが日本一」と食後に箸袋に書いたのが由来だそうです。



旧東海道線・逢坂山ずい道東口がある一角前を通過。
時間がないので今日は寄りません。



JR大津駅に到着。
9時半に他の三人とJR奈良線・宇治駅前で合流し、いくつかのハプニングを経て結局炭山から一人に。
大津駅に着いた時刻は午後6時半少し前ですので、出発してからここまで9時間かけて歩いてきたことになります。
距離はおよそ30キロメートルですので、平均時速は3.3km。
結構しんどかったのですが、そんな程度の速度だったとは。




前回同じコースを歩いた時には浜大津に着いた時間がもう少し早かったので、帰路も歩いて宇治の自宅まで戻りました。
でも今回は時間が遅いので、片道だけでした。
それでも、宇治から浜大津までの魅力的な道を堪能することができました。



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